2018年4月16日月曜日

ターおばさんのおふくろの味



 
パーターの愛称で親しまれるターおばさんは、ここ北タイを中心にケータリング(食事の配膳、会場設備のイベント・オーガナイズなど)で全国各地を駆け回るベジタリアン料理家だ。近年の健康ブームに従いベジタリアン料理を好む人はタイ国内でも増えつつあるが、それでも未だ一般的には、薄味じゃないかとか、使う素材が少なくてボリュームがないんじゃないか、または一部の宗教や健康志向の人だけが食べるもの等のイメージがついて回っている。ターおばさんの作る料理は、そんな人々の偏見をあっという間に一新するほどのパワーと味わいがある。そこにはおばさんが長く培ってきた(料理だけでない人生の)経験と、素材に対する好奇心、古きよき習慣や伝統を大切にする心、そして何よりも料理を口にする人たちへの「愛情」がぎっしりと込められているからだ。

ベジタリアン料理に出会うまで


ターおばさんが料理を始めたのはバンコクに暮らしていた子ども時代からだという。母は敬虔な仏教徒で毎朝欠かさず早朝に起きては食事を作り、僧侶の托鉢にタンブン(寄進)をするのが常だった。そんな母の背中を見て育ち、物心ついた時には一緒に台所に立って積極的に料理を学んでいた少女時代。母がこの世を去った今でも、当時教わった窯焚きなど昔ながらの調理法をおばさんはずっと大切に守り続けている。「文明が発達しても人は食べることを欠かすことはできない。料理とは、周りの人を養うこと。顔見知りの人もそうじゃない人も、親戚や家族のように感じるんだよ。幸いこの国は気候もよくて旬の野菜や果物も一年中豊富にある。タイの人はその大切さをみんなよく知っているんだ。どこを歩いていても“もうご飯食べた?一緒に食べて行きなさい”と声がかかる国なんて、そうめったにあるもんじゃないだろう。人の温かさは食の豊かさにも比例する。食べることは、生きること。だからこそ、時代が変わっても昔から伝わる方法や食べ物の知識を次の世代へ伝えることは大事なことなんだよ」


そんなターおばさんがベジタリアン料理に出会ったのは、チェンマイに移り住んで約20年が経った頃のこと。当時、友人の紹介によりチェンマイから数十キロ離れたお寺で修行をする尼さんと出会い、その人のシンプルな暮らしと考え方に心を打たれた。その後、お寺で仏教を学びながら毎週末に寄進のための料理を運ぶようになり、同時にベジタリアン料理の研究もスタートさせる。


「お寺にもよるけど、私の通う寺の人たちは不殺生を厳守し肉や魚は一切食べない生活を送っていたの。それまでは可哀想だと思いつつも、肉や魚を普通に食べてた。でもこれをきっかけに自分も食べるのをやめようと決心したんだ」

ベジタリアン料理の工夫


小さい頃から料理には親しんでいたが、ベジタリアン料理となると勝手は違っていた。当時から街には「ジェー」と掲げた店や、大豆や豆腐などを使った加工食品なども売られていたが、もっと工夫して一般にはない味を出したいと考えていたという。おばさんはまず、肉や魚の味をいかに再現できるかを探り始めた。例えばタイの定番料理「パロー(肉の煮込み料理)」を再現するために椎茸を切り刻んだものを数枚の湯葉に巻きつけて肉に見立てて煮込んだり、「プラードゥ・フー(なまずのかき揚げ)」は豆腐をすり下して椎茸と海苔を加えて揚げたり。また、貧しい人がお寺に寄進するキャベツが大量にあると野菜など具を沢山入れたロールキャベツや餃子を作ったり。身の回りにあるもので無理のない調理法は、当時考えたら切りがない程たくさんあったと振り返る。しかしこうして研究を続けて行く内に次第に味覚はシンプルになり、ターおばさんはあることに気づく。「手を加えたものよりも元のまま使うのが一番。最小限の調味料で素材の味を十分に活かすことに行き着いたんだ。北タイには生の野菜やハーブがたくさんある。それらを取り入れない手はないってね」


生命とお互いに共存する生き方


その昔、村の人々は当たり前のようにハーブや野菜の知識を持ち、薬がなくとも病気を治すことができていた。食べ物は体に取り込まれてからすぐに血となり骨となり、栄養となって私たちを育ててゆく。体によいものを取り込めば蓄積されたものはやがて私たちが病気になった時に体の中から治してくれるが、反対に体に悪い食べ物は毒となり体力を消耗させ病気を悪化させてしまう。「食べ物はいくらおいしくても、体に負担や苦しみを生むものであってはならない」とターおばさんはいつも言う。「特に動物の肉には殺された時の恐れや怒り、ストレスなど負のアドレナリンが発せられている。本来、私たちは動物の生命に依存しなくても、それに代わった食材でいくらでも健康に生きることができるんじゃないかな。この地球上にいる生き物同士がお互いを脅かすことなくよい距離を保つ。これだけでも私たちは心穏やかに生きてゆけるものだよ」


ベジタリアン料理の研究を始めて以来、自分の財産や装飾品にそれほど関心がなくなったと語るおばさん。大きな仕事が入るとチームを動員して動くが、それらで得た自分自身への報酬は、惜しみなく困っている人々やお寺へ寄進する料理へ当てている。「お金を持っていることが裕福なわけじゃない。お金を得たら社会のために使う。人と分け与えること、社会のために生きることこそが、本当の心の裕福さなんだ」


昔ながらの伝統が今もなお伝えられ、人々の生活に息づいているここ北タイ。道端で見かける炭焼き、竹筒に入った蒸しご飯、バナナの葉で包んだお菓子やパンダナスリーフで香り付けした冷たいデザート、採れたて山菜の炒め物、きのことハーブたっぷりスープなどなど。




一年を通して豊かに実る植物、野菜そして果物を最大限に活かしたこの土地のベジタリアン料理は、私たちの体を作るのと同時に生命体とのやさしい繋がりも作っていくのだと、ターおばさんは教えてくれた。


北タイ情報誌CHAO 268号掲載記事 (2014.06)

Text & Photo: Ayumi Okuma

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